靖国神社が先の大戦を「正しい戦争」や「聖戦」と謳うのには宗教的に正当な理由がある

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靖国神社が先の大戦を「正しい戦争」や「聖戦」とする、いわゆる靖国史観が日本国内で問題になることが度々あります。

戦争正当化しないというなら(日本共産党)

保守派の人たちが反論する際の論拠がいまいちなので、ここに記しておきます。

靖国神社の宗教”神道”

靖国神社はその名のとおり神社であるので、日本固有の宗教である神道の信仰に基づく施設です。

神道は宗教というより日本人が持つ世界観と言ったほうがいいかもしれません。

そもそもキリスト教のバイブルやイスラム教のクルアーンと違い、はっきりとした聖典なるものが存在しません。

日本固有のものですので、その内容を理解するには日本の歴史を学ぶのが一番手っ取り早いと思います。

人類の歴史とは大雑把に言ってしまうと戦争と飢餓の歴史ですが、日本に限って言えば他の側面が色濃く出てきます。

言霊怨霊信仰です。

ここら辺の話は井沢元彦氏が詳しいです。

逆説の日本史〈2〉古代怨霊編 (小学館文庫) >>

怨霊信仰とは

簡単に説明すると、無念の死を遂げた人の生前の業績を称えその魂を祀ることにより、この世に災いをもたらさないようにするという考えを持つ思想です。

歴史上で言えば、藤原時平に陥れられ、不名誉を背負ったまま亡くなった菅原道真が有名です。

菅原道真の死後数々の災いが起き、藤原時平自身も若くして亡くなったので人々は彼の祟りだと恐れおののき、その怨霊の怒りを鎮めるため丁重に祀ったということです。

現在では受験生の方々が、彼が学問の神様として祀られている神社に合格祈願に行くというのが定番となっています。

戦死者を賛美するのは当たり前

もう理解できた人もいると思いますが、上で述べてきたことが、靖国神社が先の大戦を「正しい戦争」と謳う理由です。

戦争において亡くなった方たちは、当時忌み嫌う米軍、英軍などに殺されたのです。

無念の死です。

怨霊となり現世に災いをもたらす可能性があるのです。

丁重に祀る必要があります。

その際にそれら戦死者の生前の業績を称える必要が神道の概念上あるのです。

だからこそ先の大戦は正しい戦争、聖戦であると公式に宣伝するのです。

これのどこに問題があるのでしょうか?

先の大戦は間違った戦争である

太平洋戦争が正しい戦争であったかと言えば、負けた以上間違った戦争であった、というのが私の見解です。

勝利していれば正しい戦争であったでしょう。

正しい戦争とは勝者の戦争なのです。

残念ながらそれが一番的を得ていると思います。

戦争は可能な限り避けるべきだと考えます。ただし、始まってしまった以上、何が何でも勝利する必要があるでしょう。

そうでないと、犯していない戦争犯罪まで責められる危険性をはらんでいます。

ただし、太平洋戦争が間違った戦争であるという考えと、靖国神社が正しい戦争と謳っていることというのは全く別次元の問題です。

このいわゆる靖国史観なるものを批判材料に使っている人たちは、日本の歴史を学んだことがないか、それとも分かっていてしている単なるためにする批判でしょう。

いい加減この議論に終止符を打ちたいですね。

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