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靖国神社が先の大戦を「正しい戦争」や「聖戦」と謳うのには宗教的に正当な理由がある

2018.08.042017.05.30その他・雑記

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靖国神社が先の大戦を「正しい戦争」や「聖戦」とする、いわゆる靖国史観が日本国内で問題になることが度々あります。

左派の人たちが言う「靖国史観」には神社側の正当な理由がありますが、保守派の人たちが反論する際の論拠がいまいちなので、ここに簡単ながら記しておきます。

靖国神社の宗教は「神道」

靖国神社はその名のとおり神社なので、日本固有の宗教である神道の信仰に基づく施設です。神道は宗教というより日本人が持つ世界観と言ったほうがいいかもしれません。

そもそもキリスト教のバイブルやイスラム教のクルアーン(コーラン)などとは違い、はっきりとした聖典なるものが存在しません。

日本固有のものなので、その内容を理解するには日本の歴史を学ぶのが一番手っ取り早い方法でしょう。

人類の歴史とは大雑把に言ってしまうと戦争と飢餓の歴史ですが、日本に限って言えば他の側面が色濃く出てきます。

言霊と怨霊信仰です。

ここでは怨霊信仰に焦点を当てます。

補足
言霊と怨霊信仰に関しては、井沢元彦氏が詳しいです。

興味のある方には『逆説の日本史〈2〉古代怨霊編』をおすすめします。

怨霊信仰では無念の死を遂げた霊に賛辞を送る

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怨霊信仰は簡単に説明すると、以下のような考えを持つ思想です。

無念の死を遂げた人の生前の業績を称えその魂を祀ることにより、この世に災いをもたらさないようにする

歴史上で言えば、藤原時平に陥れられ、不名誉を背負ったまま亡くなった菅原道真が有名です。

彼の死後数々の災いが起き、藤原時平自身も若くして亡くなったので人々は彼の祟りだと恐れおののき、その怨霊の怒りを鎮めるため丁重に祀ったということです。

菅原氏は勉学で並々ならぬ才能を有していたので、現在では彼が神様として祀られている神社に受験生の人たちが合格祈願に行くというのが定番となっています。

いわゆる「学問の神様」ですね。

戦死者を賛美するのは神道では当たり前

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もう理解できたかもしれませんが、上で述べてきたことが靖国神社が先の大戦を「正しい戦争」と謳う理由です。

戦争において亡くなった方たちは、鬼畜米英とこき下ろし忌み嫌った米・英軍などに殺されたのです。

無念の死です。

怨霊となり現世に災いをもたらす可能性があるのです。

そうはならないよう丁重に祀る必要があります。

その際にそれら戦死者の生前の業績を称える必要性が神道の概念上あるのです。

だからこそ先の大戦は正しい戦争、聖戦であると公式に宣伝するのです。

戦いに散っていった霊魂が現世に悔いを残さないよう「間違った戦争」などとは口が裂けても言えません。

一体これのどこに問題があるのでしょうか?

つまりこれは歴史問題でも政治問題でもなく、我々日本人の宗教観であり人生観の問題です。

どのみち先の大戦は間違った戦争

太平洋戦争が正しい戦争であったかどうかと言えば、負けた以上間違った戦争であったというのが私の見解です。

勝利していれば正しい戦争であったでしょう。正しい戦争とは勝者の戦争なのです。残念ながらそれが一番的を得ていると思います。

戦争は可能な限り避けるべきです。

ただし始まってしまった以上は何が何でも勝利する必要があるでしょう。そうでないと、犯していない戦争犯罪まで責められる危険性をはらんでいます。

ただし太平洋戦争が間違った戦争であるという考えと、靖国神社が正しい戦争と謳っていることというのは全く別次元の話です。

このいわゆる靖国史観なるものを批判材料に使っている人たちは、日本の歴史を学んだことがないかそれとも分かっていてしている、単なるためにする批判でしょう。

いい加減このおかしな議論に終止符を打ちたいですね。

「A級戦犯というカテゴリー分けはおかしい」という議論は説得力ゼロ!

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