天才ハッカーアイスマンの正体とマックス・バトラーの素顔 – 第7章
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ジアノーンの逮捕

久しぶりの登場ですね。マックスから散々ハッキングの嫌がらせを受けていたジョナサン・ジアノーンです。
彼はゴラムファン(Gollumfun)というハンドルネームを持つ警察の協力者に、マックスから取得したカード情報を売り逮捕されてしまいます。

いったん保釈されますが、またすぐにオリの中に入れられます。
そこでシークレットサービスのエージェントに呼び出され、アイスマンの正体は誰なのだと質問を受けます。
初めはシラを切りますが、幾度となくエージェントから呼び出しを受ける中でさすがに事の重大性に気づき始めます。
タレコミ屋には成り下がりたくないというのが彼自身の思いだったようですが、司法取引に応じないのであれば懲役5年の実刑を受ける可能性がありました。
このとき21歳です。人生を楽しみたい20代の5年間が刑務所の中というのは、あまりにも過酷ですね。ついにジアノーンは自白を始めます。
とはいっても彼はアイスマンの素性を知りません。だたし捜査上極めて重要な情報を提供します。
それは「クリス・アラゴンがアイスマンの正体を知っている」という証言です。
これにアイスマンの行方を追っていた捜査官の間に衝撃が走ります。
それはそうでしょう。
インターネット空間でどれだけ追い求めても一向に糸口すらつかめず、ライバルサイトを叩き潰し顧客情報を根こそぎ奪い、おとり捜査に使用していたダークマーケットにも幾度となく侵入しては破壊行為を繰り返すサイバー空間の超大物犯罪者の正体を知っている者を知ることができたのですから。

事件を担当したルーク・デンボスキー検事も、”Butler was the hacker extraordinaire…”「バトラーは超一流のハッカーだった」と American Greed のインタビューでマックスの実力を認めています。
ちなみに extraordinaire という単語は歴史上の人物に付与するような、正真正銘本物の天才といった響きがあります。
ムラスキーがクリス・アラゴンの名前で FBI のシステムに検索をかけるとジアノーンの証言どおりアラゴンと結びつくひとりのハッカーの名前が浮かび上がります。
“Max Ray Butler”
こうしてついにアイスマンの正体がマックス・バトラーであると捜査官の間に知れ渡ることになります。
ただし FBI はマックスの居場所は知りませんでした。結果としてマックスにつながる糸口として、初めにアラゴンを確保するという方向で作戦を練ります。
ここでひとつだけ指摘しておくべきことがありますが、ゴラムファンの本名は Brett Shannon Johnson(ブレット・シャノン・ジョンソン)といいます。
仰天ニュースでマックスがアラゴンに代わるパートナーとして選んだ人物の名前がブレッド・ジョンソンでしたが、おそらく彼のことを指しているのでしょう。
ちなみに彼がマックスと直接会ったという記録は存在しません。なのでこれも番組の事実誤認です。
アラゴンの逮捕
ムラスキーにとって運のいいことに、FBI のシステムにはマックスをアラゴンに紹介した、ジェフ・ノーミントンにまつわるアラゴンの過去の事件の記録が存在し、それをもとに彼を留置できると考え実行します。
仰天ニュースでもあったように、アラゴン自身はそろそろ潮時と考えていたらしく偽造カード事業からは手を引こうと考えていました。
「一発ドカンと大金を稼いで、余生を楽しく過ごすという当初の考えをマックスは忘れてやがる」
このような考えに至ったアラゴンはカーダーズマーケットで知り合った新たなパートナーと行動を共にするようになっていました。
そしていつものように偽造カードの入った財布を片手に買い物を済ませ、車に戻ったところを逮捕となりました。
マックスの逮捕
過去にアラゴンが偽造カードの使用でヘマをして捕まったときはわりとすぐに保釈されましたが、今回は数週間たっても出てこないのでマックスも心配になります。

この当時マックスは交際が続いていたチャリティー・メイジャーズとの結婚も視野に入れていました。
そしてセキュリティのエキスパートであるホワイトハットへの本格復帰を考え、実際に裁判所まで出向き正式に名前を Max Butler から Max Ray Vision に変更しています。
このとき取り調べを受けていたアラゴンは懲役25年から終身刑という過酷な運命に直面し全てを自白します。
ついにマックス逮捕の準備が整いました。
仰天ニュースではかつてマックスが叩き潰したサイト運営者を新たなパートナーとしたところ、その人物が情報提供者であり、それが元となり逮捕されたとなっていましたが、上でも話した通りこの話は完全な事実誤認です。
それとともに「アイスマン探しになんと5年の歳月を費やすこととなる」とのナレーションがありますが、実際は1年4ヶ月ほどです。
これは事実誤認ではなく、番組を盛り上げようとするための意図的な演出です。


なぜかというと、番組内で「2005年6月マックスは偽造クレジットカードを自ら売るカーダーズマーケットという名前のサイトを立ち上げた」、「2007年9月5日マックスのもとに・・・」というナレーションがあるからです。
番組内ですでに矛盾が存在していたのですね。
話を戻します。
アイスマンの正体がマックス・バトラーと分かり逮捕要件はそろったものの FBI はすぐには手が出せませんでした。
それには2つの理由があり、ひとつめはアラゴンの自白内容が事実であるならマックスはクリックひとつでハードディスク内の証拠を一瞬にして消去できてしまう仕組みを構築していたからです。
ふたつめはマックスのハードディスク内のデータは全て暗号化されており、それらの復号キーは電源を落とせば RAM から揮発してしまうので、マックスがそのキーを取得するパスフレーズを忘れたとシラを切れば、法廷侮辱罪のような罪で裁かれはしても本筋では証拠不十分で罪を問われなくなってしまう恐れがありました。
つまり身柄確保はあくまでパソコンが稼働しているときでなければなりません。
とつらつらと述べましたが結果は番組でもあったとおり、寝ているところを捜査員が押し入られて逮捕となりました。
パソコンは電源が入ったままの状態でした。作戦成功です。
マックスは逮捕自体にはかなり動揺したものの、内心コンピュータに
まあ当たり前ですね。
天才ハッカーとしての呼び声が高いマックスですが、データの暗号化に関しては一種の幻想を抱いていたらしく、以下のように語っています。

I had them all locked and encrypted.
In my mind, the encryption was this blanket that made them not even real.
I didn’t see the computers as computers.
When they were encrypted, in my mind they’re bricks.
And it’s kinda hard to explain that.
And, well you think “Are you crazy?” but I really believed that.
それら全てに鍵をかけ暗号化しました。
私の頭の中では、暗号化はそれらを本物(のデータ)ですらないないようにしてしまうブランケットでした。
(暗号化されてしまうと)コンピュータをコンピュータとして
捉 えていませんでした。暗号化がされると、私の頭の中ではそれらはレンガというか。
説明するのは難しいですが。
なんというか、「頭大丈夫か?」と思われるかもしれませんが、本当に信じていたんです。
その後裁判が始まり、出廷した際に事件の担当検事であるルーク・デンボスキーから一枚の紙がマックスの弁護士に渡され、そこには以下のフレーズが書かれていました。
!!One man can make a difference!
マックスの暗号化されたデータを復号するためのパスフレーズです。
マックスは普段から様々なことをコンピュータ内に記録しており彼にとって自らの分身のようになっていたので、データの復号は心の内を読み取られるような気持ちだったらしく、このことを知ったマックスは独房に戻ったあとショックで泣きじゃくったということです。
彼のコンピュータから発見されたカード情報や数多くのハッキングツールなどのデータ総量は驚異の5テラバイトだったということです。
カード情報がテキストデータだということを考えると、本当にこれはもう途方もない量です。
実際には約180万件の情報を保持していたということです。

このことを聞かされたアラゴンは驚愕したらしいです。
一発当てて余生を楽しく過ごせるだけのカード情報をマックスが持っていたということを、このときはじめて知ったからです。
しかもマックスを有罪にできる証拠がそろったということは FBI にはアラゴンに捜査協力という形での司法取引を求める必要性がなくなり、これは彼にとって長期の服役を意味します。
アラゴンは以下のように語っています。
I couldn’t figure it out;
what is this guy doing?
Why doesn’t he just go get a job?
Then it dawned on me, many years later: Max just likes to hack.
俺は理解できなかったんだよ。
こいつなにやってんだ?
なんで仕事探して就職しないんだ?
まあそれで何年か経って分かってきたんだよ、マックスは単にハッキングがしたいだけってことをさ。
次章:天才ハッカーアイスマンの正体とマックス・バトラーの素顔 – 終章

日本語でアイスマン事件を記した唯一の本!
世界仰天ニュースで放送された「天才ハッカーアイスマン」の成り行きを描いた書籍です。番組では編集上の問題でおしくも省かれてしまった事件の全貌を知りたい人にとっては最高の一冊です。首謀者であるマックス・バトラーを記した書籍としては唯一日本語で読めるものとなっています。
◎テレビで放送されていない話が満載
×翻訳に一部問題あり

アイスマン事件をつぶさに追った元ハッカー、ケビン・ポールセン氏の一作!
こちらは上で紹介している書籍「アイスマン」の原本となります。世紀の大規模サイバー犯罪としてアメリカ国内でも多く報道されましたが、ひとつの書籍としてまとめられているのはこの一冊だけとなります。英語を勉強している人にもおすすめの一冊です。
◎アイスマン事件を知るには一番の良書
×洋書なので英語の知識が必要

天才ハッカー、マックス・バトラーが競合サイトを乗っ取る際に利用した SQLインジェクションや、その他数多くのサイバー攻撃の手法を実際のコードを用いて説明した良書です。本来はそのようなサイバーテロを受けないための防御側の指南書となっています。悪用厳禁!!
◎Webサイトの攻撃手法をとても分かりやすく解説
×コンピュータ言語を多少なりとも理解しておく必要あり