星島貴徳物語 – 第8章(完)
27日・29日映画鑑賞
25日の夕方から始めた骨を煮る作業は27日の夕方まで続くことになる。
ひと通りゆで終わると後は乾くのを待つだけなので、気分を紛らわせる目的で映画を見ることを思いついた。
インターネットで調べると『お姉チャンバラ』という作品が上映中だったので、19-20時頃に一度家を出る。
帰宅後、骨が乾いていることを確認するとペーパーにくるんだあとビニール袋に入れた状態で冷蔵庫に隠した。
29日は鎖骨2本をズボンの前の右側のポケットに入れて出勤し、JR京葉線潮見駅へ向かう途中にあるコンビニのゴミ箱に捨てることにする。
ただし店員に見つかるのではないかと思い、捨てた後とても心配な気持ちになった。
「1回でわずかな量しか捨てられないのに、これでは割に合わないな」
コンビニに捨てるのはこれが最初で最後にしておいた。
5月1日・2日遺体の痕跡消滅
月が変わりこの日が骨を外に持ち出す最終日となった。
彼女の携帯電話や一部血痕などを除くと、殺害した女性の痕跡は918号室からひと通り消えたことになる。
「やっとなくなった・・。逃げ切れる。逮捕されずに済む・・」
殺害した彼女自身やその家族のことなどこれっぽっちも頭の中にはなかった。思考の中心にあるのは常に自分のことである。
1日は昼から出勤した。そのことを警察が怪しんでいるのではないかと少し感じた。
そこで翌2日もいつものようにバリケードの前を通過したが特に身体検査などはない。どうやら疑いの目は向けられていないようだ。
1日か2日か、どちらの日かまでは覚えていないが、帰宅途中に門前仲町で浴室や配水管を清掃する業務用の強力な洗剤を購入した。
部屋から女性の存在を消す総仕上げのためである。
3日部屋の大掃除
3日は部屋の大掃除に取り掛かった。
廊下の途中から先の床はコルクマットになっているが、それが血で汚れてしまっている。
1枚30センチ四方くらいのものだが、外して1枚1枚丁寧に洗っていく。
浴室は前日に購入しておいた洗剤で洗った。
部屋の掃除というのは何も証拠の隠滅だけが目的ではない。
「事件前の生活に戻りたい」
部屋をキレイにすることで本来の生活が取り戻せるという考えが星島の頭の中に強くあったのだ。
キッチン周辺も汚れていたので洗剤で洗っていく。
配水管内部を除菌する強力な洗浄剤を素手で扱い排水溝にまくと手がただれてしまった。
はっきりとは覚えていないがゴールデンウィークのいつかに警察官が918号室にやってきた。
そのときに冷蔵庫の中を見られた。すでにそこに女性の痕跡はない。
さらに指紋の採取をも受けた。
大小2丁の包丁とカミソリやまな板は処分しなければいけなかったが、すっかり忘れており放置した状態だった。
ゴールデンウィーク後
ゴールデンウィークがあけて普段どおりの出勤となった。
マンションにすでにバリケードはない。ぱっと見捜査が進展している様子もない。
「逃げられる!」
率直にそう感じた。
ちょうどこの頃自室にあった殺害した女性の携帯電話を持ち出し、職場のお手洗いにある配水管が収容されているスペースの中に隠した。
血を吸わせたバスタオルなどは自宅マンションのゴミ置き場に堂々と捨てた。
16日会社の飲み会
5月から雇用されている会社で社員同士の連絡会議が開かれることになったが、今日16日が第一回目だ。
場所は東京都千代田区にあるビル内である。
20人ほどが参加したが、その後新橋に場所を変えて飲み会が開かれた。
星島はここでも芝居をする。
同席した者に対して白々しく事件のことを語り始めた。
「実は自分の住むマンションで女性が行方不明になる事件が発生して・・」
ビールを飲みながら、マスコミの取材に応じたことや警察に部屋の中を調べられた話などを上司や同僚に披露する。
「怖い事件だ」
「不可解だ」
まるで自分は一切知らないかのように語っていく。
「あれは女性の自作自演だ」
このような話をしていると、参加者の1人に冗談っぽく言われてしまった。
同席者「犯人は君じゃないのか?」
「違いますよ(笑)」
「はい。私が加害者です」などと返答できるわけがない。笑って否定しておいた。
19日・21日デリヘルの利用
5月19日は今までのストレスを吹き飛ばすかのように性欲の処理に励んだ。
鶯谷のデリヘルで1人3万円で2人を呼んだのだ。
とにかく事件のことは忘れて元の生活に戻ることで頭の中がいっぱいだった。遺族への謝罪や自首しようなどという考えは全くない。
21日は警察官が自室にやってきた。再度指紋を取りに来たのである。
「前回は正確に採取できなかったんだな」
おそらく洗浄剤で手が荒れていたことが原因だろう。怪しまれるので拒否することはできない。素直に従うことにした。
24日朝逮捕
24日の朝918号室の自宅に再度警察が訪問した。家宅捜索に来たのだ。
いきなり現場検証が始まり、深川署に連れて行かれた。
数日前に2回目の指紋採取を受けたばかりである。それが証拠になったに違いない。
ただし罪は怖くてしかたがない。人に非難されることに何よりも恐怖を感じた。
「しらばっくれるしかない・・」
そう心に決めた。
警察署の狭い部屋の中で取調べが始まる。
「全部知りません」
警察「血液反応も出てるんだぞ」
自分の中で知らない証拠は関係ないと考えたが、内心「キレイにしても残っていたんだな」と思った記憶がある。
「誰かにハメられた」
「他の人が殺した可能性もある」
とにかく一日そのように主張し続けた。
仮に論破できないような決定的証拠を提示され有罪になったとしても、「えん罪だ」と一生叫び続ければ体面だけは保てる。そのような考えだった。
取調べの最後に刑事の人が一言いった。
刑事「本当に被害者さんの家族に悪いと思わないのか・・」
あっけらかんとした顔で「いいえ」と返しておいたが、実はこの言葉が死ぬほど胸に刺さった・・。
本来は「はい」と答えるべきである。
本当は罪悪感があった。客観的に見れば自分は性的異常者であることは間違いないが、サイコパスではない。善悪の区別はつく。
被害者女性のお父さんやお姉さんの姿が頭の中にこびりついていたのかもしれない。
足のヤケドのこともあり、他人や自分自身の家族までをも信頼できない自分がそこにいた。
本当は暖かい家族像などに強い憧れがあったが、自分には初めから手に入らないものとしてあきらめていたので、そのような感情は心の奥底に押しやり、代わりに手取り50万円などという薄っぺらいステータスで自身を上塗りしていた。
本当は結婚したかったのである。
だからこそ刑事さんにその言葉を言われ、被害者遺族の気持ちを少しだけ考えたのだ。
翌日25日の朝、女性を殺害したことを素直に打ち明けた。
その瞬間自分自身が演じていた星島貴徳像がもろくも崩れていった・・。
その後
裁判では全てを正直すぎるほど正直に語った。
担当の弁護士さんとの話し合いで、全てをありのままに話し最後は裁判官の方にその判断をゆだねるということになったからである。
まさか公判中一日のマスターベーションの回数にまで話が及ぶとは考えもしなかったが、正直に答えておいた。
検察側の作戦は自分を性的異常者として活写することであるが、その過程での質問であったように思う。
このときはすでに職も将来も失い「仕事ができる高給料の男性」という自ら作り上げた仮想的存在も無くなっていたため、自身の存在意義を一切感じることのできない状態だった。
未来に絶望し拘置所で自殺も試みたが失敗に終わった。
検察側は死刑を求刑してきている。遺族の方たちも死刑を望んでいる。そして自分自身も死刑を欲した。
自白して以来死刑以外のことは考えていない。無期懲役がいいなどのようなことは少しも思わなかった。
伸びていた髪は短く切り、弁護士の方からのすすめもあり独房の中で女性の冥福を祈り写経を続け、その回数は1,000回を超えた。
逮捕されてからひとつだけ心境にポジティブな変化が出た。
両親に対してヤケドの恨みが無くなったのである。
「親子関係をもう少しどうにかできたのではないか・・」
自分自身の存在を客観的に見つめることができるようになってから、初めてそのように考えた。
裁判は修羅場そのものだった。
遺体の解体を証言する場面では、あまりに残酷な方法を聞くに堪えず男性に抱きかかえられるようにして法廷から出て行く遺族の女性もいた。
扉を通して廊下から彼女の泣き叫ぶ声が聞こえてくる。
法廷には被害者女性の関係者が複数人参加した。
友人のひとりは「瑠理香を返して!」と涙声で絶叫した。
元恋人で彼女とヨリを戻すことを密かに期待していたという男性は証言台で泣き崩れた。
彼女のスライドショーが登場する。
遊園地で父に抱かれた姿、お遊戯会、運動会、スキー場。
まるで結婚式で披露されるスライドのように彼女の成長に沿って写真が切り替わっていくその時、その場にいた女性のひとりが耐えきれずに嗚咽を漏らした。
被害者の母親に「人間の顔をした悪魔」、「ケダモノ以下」などと罵られたが、すでに全ての自尊心が消滅した状態だったので特に反応はしなかった。
耳を疑いたくなるような残虐な方法で一人の女性を殺害したが、結局は計画性の無さと反省の態度が考慮され無期懲役の判決を受けた。
「更生の可能性がある」とのことである。
東京地検は死刑を求刑していたので、その量刑を不服として東京高等裁判所へ控訴したが、高裁でも無期刑が言い渡された。検察側も明確な上告理由がないとして、結局この判決が確定した。
初めから死刑を望んでいたので、罰則などは正直なんでもいい。重要なことは自分の人生はすでに終了したという現実である。
噂によると死刑求刑で無期に落ちたものは「マル特無期」と言い、仮釈放は事実上不可能だと言う。
つまり自分の人生はオリの中で終えるということである。
全ての気力を失い、今日も刑務所内の作業に従事する。