星島貴徳物語 – 第3章
22:20 警察のノック
そうこうしているうちにすっかりと夜になってしまった。
性器を立たせるために相変わらずパソコンのモニタでアダルトビデオを見ていると、そこに玄関に対してノックがあった。
22:30頃だったと思うが後の警察の供述では22:20頃ということになっているので、おそらくそうなのだろう。
「警察に違いない・・」
瞬時にそう思った。
916号室で彼女に大声を出されもみ合いになったときに他の階か、または外部の人に気づかれたのかもしれない。
すぐさま女性のほうに目をやった。逃げ出そうとしていないか確認したかったのである。
特に変化はない。大人しくしている。
気づかないフリをしていたのかもしれない。余計なことをして再び暴力を振るわれることを恐れていたのかもしれない。
20分ほど経過した後、恐る恐る玄関の扉ののぞき穴から外を見てみると、そこには誰もいない。
気になって918号室から出てみると、916号室の前に警官が3人ほど立っている。
何らかの事件が発生したことはすでに感づかれているようだ。
「なぜこんなに早く気付かれたのだろうか・・」
ただしまさか自分の部屋に探している女性がいるとは思うまい。
怪しまれないようコンビニに行くフリをし、通りすがりにとぼけた感じで警察官に聞いてみた。
「916号室で何かあったのですか?」
警察「実はこの部屋の女性の方がいなくなりまして。何かご存知ないですか?」
「いえ、何も知りません」
無難にシラを切り、再度戻ってきたときには適当に「怖いですね」などと芝居をしておいた。
実は916号室から出る際にそのドアにカギはかけていなかった。そもそも最低でも月曜日まで犯行が発覚しないことが前提だったので、そこまで深くは考えていなかったのだ。
つまり「性奴隷をつくる」ということ以外は、ほぼ全て無計画だったのである。
女性を拉致している自室に戻った後に考えた。
「常識的に考えて、すぐ近くに住む住人が怪しまれる」
一番近い自分が怪しまれるのは当然の流れだ。警察が部屋を捜索に来るのも時間の問題だろう。
そうすると彼女が見つかり逮捕されてしまう。
結果として仕事も住む場所も、全てを失ってしまう・・。
つまり自身の将来が無となるのである。
犯行当時、給料は手取りで50万円ほどあった。独り身ということもあり、同世代と比較し可処分所得は多いほうだという自負があった。
通勤時にはタクシーを使用していた。電車にはマナーの悪い人たちがいたり、遅刻する可能性もあるので不愉快な側面が大きかった。
タクシーに乗るときはお釣りはもらわない。チップとして運転手の方にあげてしまう。
貯金などは一切していない。50万円全て一ヵ月で使い切るのである。
そのような生活を続けていくうちに卑屈な優越感に浸るようになっている自分がいた。
「自分にも世間に誇るべき体面や地位がある」
客観的に物事をとらえることのできる今となってはバカげた考えだったと振り返ることができるが、当時は本当にそう思っていた。
いや、そう思わないと気が狂いそうだった。
本当は孤独だった。
死にそうなくらい孤独だった。
女性を襲ったのも、プライベートで頼りにすることができる人が欲しかったからである。自分の生き甲斐となるような女性。そんな存在を心の底から欲した。
逮捕されたら全てを失ってしまう・・。
《女性を乱暴目的で拉致》
このような前科をとても恐れた。後ろ指を指される人生が嫌だったのだ。
逮捕されずに済む方法も考えた。
例えば彼女と交際していることにして、痴話げんかで暴力を振るったことするなどだ。ただし女性と口裏を合わせる必要があり、とてもじゃないができないと思った。
見ず知らずの男性に殴られて、その人の言うことを聞いてくれるとは到底思えない。
素直に謝罪しても許してはくれないだろう。
この部屋ではスペース的には隠すことも現実的ではないし、警察の捜索中に彼女が静かにしていてくれるという保証もない。
ではどうすればいいのか・・。
方法はひとつしかない。
小さくバラバラにして隠すのだ・・。
そのためには殺害する必要がある。
星島は決心した。
殺害を決意
殺すことを決意した時点では、バラバラにした遺体をカバンか何かに入れて遠くに捨てるつもりでいた。
「彼女の存在さえ消すことができれば、元の生活に戻ることができる」
その一心だった。
918号室に戻り女性を消す方法を思いつくまでには、あまり時間はかからなかった。おそらく20分程度だろう。23:00頃である。
ノコギリなどバラバラにする道具は事前に用意していたわけではない。たまたまそこにあったものを使用した。
「仮に金曜日の時点で女性失踪のことが明るみに出ていなかったら殺していなかったのではないか?」
逮捕後にこのようなことを自問自答したが、いや・・結局事件を隠蔽できないのであれば殺していたであろう。
すぐさま殺す方法を考えたが、失血死が一番手っ取り早いと思い首を包丁で刺すことに決めた。
心臓という選択肢もあったが、そもそも正確な位置を知らないし、以前読んだことのある『完全自殺マニュアル』の内容が正しいのであれば、心臓は1度や2度刺しただけでは人は死なないらしい。
そのような考えが頭をよぎり、結局首を切ることにした。脳に血を流す一番重要なところでもある。
首を絞めることも考えたが、息を吹き返す可能性はゼロではない。
首なら一回で殺すことができる。
自分は殺人に快楽を求めるようなタイプではない。2度も3度も指すのはごめんだ。
彼女に対してかわいそうなどという感情は一切ない。自分が捕まらないこと。これが唯一の目的である。
包丁は916号室から持ってきたものを使用することに決めた。
自分自身の包丁を人殺しの道具なんかに使いたくない・・。
女性を刺す
首を刺すことを決意した星島は座っていたイスから立ち上がった。
出血することは目に見えていたので、クローゼットからフェースタオルを取り出した。部屋に血が飛び散ってしまうと証拠が増えてしまう。そのような考えが頭の中にあったのだ。
その後机の上に置いていた包丁を左手に持ち、エアマットに横たわる女性に近づいた。
息が少し上がっているということを除けば、特に彼女に変わりはない。タオルは口に入ったままだ。
叫ばれたり抵抗されることを恐れたので、自身の動きを悟られる前に行動することを考えた。
立ち上がって指すまでにはどれくらいの時間を要したのだろうか。かなり短かったと記憶している。おそらくは1分も経っていなかっただろう。
左手に持った包丁を彼女の首のすぐ上、5cmほどの距離まで近づけた。
フェースタオルをあごの左側あたりから左側の首あたりまでかけた。
片方のヒザをマットの上にもう片方を床に付け、叫ばれないよう右手で頭を固定して、包丁を一気に突き刺した。
「ぐうっ・・」
一瞬彼女が低いうめき声を上げた。
星島は女性が暴れることを恐れ、腰から太ももあたりを押さえつけた。
ブチブチッ・・。
体重をかけて首の奥へと刺していくと硬い筋が切れていく感覚が左手に伝わった。
首の筋や筋肉、血管が切り裂かれている感じだ。
逮捕後のゼラチンを使用した実験では8.3cmという結果が出たが、単純な印象ではかなり深くまで刺したというくらいにしか覚えていない。
「早く死んでください。早く死んでください・・」
残酷だが、犯行時はこのことしか頭になかった。
女性の失血死
彼女はなかなか死んでくれなかった。
いや、死なないよう必死だったのかもしれない。
首に包丁が刺さったままのシュールな光景が5分以上続いた。
女性は上下にゆっくりと呼吸するように胸を動かしていた。
「ヤバい・・。死んでくれない」
焦りを感じた星島は、次の手に出る。
「包丁を引き抜けば出血が早まり死んでくれるかもしれない」
そのように考え、右手は口をふさいだまま彼女の体を起こさせて、左手で包丁を引き抜いた。
ブルッ・・。
抜いた瞬間彼女は少し体を震わせて、あごや首元がピクリとけいれんし、その後は動かなくなった。
星島が思い描いたとおり、流れる血の量は目に見えて増加した。その血筋は1cm程度の幅になった。
抜いた包丁はエアマットの脇に置き、女性が暴れないよう再び元の体勢になり押さえつけた。
胸の鼓動は少しずつ弱くなっていく。
5分ほどで最終的に呼吸が止まり、胸の動きも止まった。
手の脈を取ると、すでに生命の存在は無いように感じた。
念のために心臓のあたりを服の上から触り鼓動が無いことを確認すると、次に口に入れていたタオルを取り出した。
開いたままの口が閉じなかった。
星島は確信した。
女性は死んだ。
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